久しぶりの著作
文章の名人であり職人であるの湯川氏の久しぶりの著作。 名著『イワナの夏』からの再録もあり、これまた楽しめます。 文中にはさりげなくディカーソン、レナード、ウジニッキなどの名竿の名前がでてきます。これだけでも思わずライズ!してしまいます。
釣りとはあてどない希望
イワナの夏から20年。本作の冒頭は「イワナの夏、ふたたび」です!前作では「イワナのもっとも堅固な隠れ場は『昔』の中だ。」と喝破して共感の涙を誘いました。今回は、ちと悲しい。『あてどない希望、決して叶えられることの無い願望と不安感』と定義しています。唸ってしまいました。反省もしてしまいました。でも、救済もありました。 パンドラの箱から飛び出した沢山の魔物や悪いものの最後に出てきた「希望」が最凶最悪の魔物だという説もあります。ポジティブに捉えれば「希望」を叶えるために頑張れる、ネガティブに捉えれば希望が叶えられるはずがないから悲しいし絶望する。 釣りは救済なのか邪悪な呪いなのか?小学生の時の鮒釣りは楽しかったし、今も鱒釣りは楽しい。でも反面、鮒が釣れないボーズの時、大枚叩いた釣行で釣れない時の苛立ちと不安。まさに「あてどない希望」です。麻薬中毒とかアルコール依存症よりもひどい症状を顕すツリキチの本当の呪縛を指摘しているのかもしれません。 湯川氏の釣友の野沢氏のように呪いから逃げるために断釣を選ぶのか、叶えられないのは半ば承知の上で追い求めるのか、正念場の選択です。 世界3大チョークストリームの全てで鱒を釣りました。素晴らしい達成感と充実感を得てハッピーでしたが、同時にあと2cm大きければとか、あの時こうしていればとか「タラレバ」の後悔と不安が残りました。これぞまさに釣りの福音と呪縛の葛藤でしょう。 湯川さんのエッセイは釣り師はもちろん人生のイロイロに対しても納得の行く解釈を提示してくれる偉大な説教です。
イワナの夏から20年近くたちました
名著 イワナの夏から大分時間が経ちました。 今日から読み始めました。 釣り人、ナチュラリストとしての視点からの情景描写はさすがです。 フライフィッシングと言う釣りに係りながら自然の中で過ごす 幸福の時間。 フライロッダー等に掲載された著作を元にしているようだが、当時の 原文には渓流名が出たいたのであろうか?この書ではアルファベット での記載となってしまっている。 河川名が実名で出ると、あっと言う間に魚が居なくなってしまう現実。あまりに寂しい。 まだ最後まで読んでいないが、出来れば釣り人として環境保全に言及 して欲しかった。それが出来る人なのだから。 著者は文芸春秋社を退社され現在は東海大の教授をされているそうだ。 是非とも講義を聴いてみたい。 今後のご活躍をお祈りする。
ジャケ買いしました。
ホシュボンホシュボンホシュボン。 昔一碧湖でブルブルを手釣りした あの感覚を思い出しました。 ブルブルは臭かったけど、イワナ はスイカのような匂いがするそうです。 プシュボン。
マガジンハウス
イワナの夏 (ちくま文庫) 岩魚幻談 山を上るイワナ 地図にない川へ (渓流ライブラリー) イーハトーブ釣り倶楽部 (BE‐PAL Books)
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